雨 ニモマケズ 意味 - 「雨ニモマケズ」を現代で考えると?思いやりの気持ちを持とう

雨 ニモマケズ 意味 - 宮沢賢治の「雨ニモマケズ」はどういう詩か?を小学一年生が納得するように説明...

雨 ニモマケズ 意味 - 雨ニモマケズ:宮澤賢治の自戒の言葉

私は宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」が好きです。 初めてこの詩を読んだときは心から「俺もこんな人になりたい」と思いました。 正直、この通りの人間になることは難しいです。 しかし、こんな精神を持った人間になりたいと、今でも思っています。 嫌なこと、自分を嫌いになりそうなことがあれば、この詩を読み返し、心を落ち着かせるようにしています。 不思議なことに「雨ニモマケズ」を読むと、嫌なことがバカバカしく思えてくるんです。 今の現代人に「雨ニモマケズ」の精神は必要なのではないでしょうか。 他人を思いやる気持ち、自分を大切に思うこと、当たり前なことを幸せに思うことを忘れていませんか? 「雨ニモマケズ」を現代に置き換えると、どのような内容になるのでしょうか? 本文を交えながら紹介します。 「雨ニモマケズ」って? 「雨ニモマケズ」は詩人の宮沢賢治が1931年11月3日に執筆したとされている詩です。 当時闘病中だった宮沢賢治の願望が込められている詩で、人間として当たり前のことを幸せに思う内容が綴られています。 自分の体は自分で管理したい 「雨にも負けず、風にも負けず、雪にも、夏の暑さにも負けない丈夫な体を持つ」 題名にもなっている「雨にも負けず」から「丈夫な体を持ち」までは、自分の体についての文ですね。 「雨」と「風」で表現されていますが、要は「病気に負けないような強い体を持ちたい」ということでしょう。 闘病中だった宮沢賢治が最も願っている部分で、題名、冒頭に書かれているのもそのためでしょう。 日本は四季がはっきりしている国なため、暑さと寒さの差がはっきりしていますよね。 そんな国で暮らしているのだから、体調を崩してしまうこともしばしばでしょう。 しかし、意識の変化で病気は予防できます。 暑さ、寒さに負けない強い体を持ちたいですね。 イライラしない! 「欲を持たず、決して怒らない」 本当にその通りだと思います。 欲を捨てるのは難しいでよすよね。 生きている限り、欲はどんどん沸いてきます。 ですが、行き過ぎた欲は持たないように心がけたいものです。 欲を完全に捨てるのは難しいですが「怒らない」というのはどうでしょう? イライラしないように心がけるんです。 これならできそうですよね。 ストレス社会にとって、イライラは現代病かもしれません。 しかし、イライラしたときは「雨ニモマケズ」を読み返してみてください。 不思議と心が落ち着きませんか? 笑顔を忘れていませんか? 「いつも静かに笑っている」 この文を読むたびに、普段自分がいかに笑えていないか、難しい表情ばかりしていないかを考えてしまいます。 「静かに笑っている」ことは、ヘラヘラとは違い「穏やかな表情でいる」ということでしょう。 険しい顔をしても良いことなんて無いですものね。 穏やかな表情は他人にも好印象を与えそうです。 子どもの頃と比べてどうですか? 笑っていますか? 大人になると笑顔が少なくなってしまいますよね。 いつも穏やかな表情で過ごしましょう。 贅沢なんて生きていくためには必要無い 「1日に玄米4合と味噌と少しの野菜を食べ」 食生活に関しての1文です。 質素な食事でも、最低限の栄養を摂取できていれば生きていけますよね。 この文には「生きることに贅沢は必要ない」という、宮沢賢治の願いが込められているのかもしれません。 闘病中の賢治にとって、あたり前に生きることが最もな贅沢だったのでしょう。 玄米4合と聞くと少し多いように感じますが、この時代の日本では少しのおかずに多めの米を食べるような習慣がありました。 また、太平洋戦争後の教科書には、玄米4合が「3合」に変更されたそうです。 これは、4合だと贅沢な印象を与えるからだそうで、食糧難という背景があったそうです。 しかしその後、正しい文を載せないと子どもたちの教育に良くないということで戻されています。 自分のことは後回しに考える 「あらゆることを、自分を勘定に入れずに」 勘定とは数ですね。 つまり「自分を数えないで物事を考える」ということです。 自分を含めて10人の友達がいたら、他の9人のことを優先するということです。 この感情に至るのは相当難しいですね。 誰もが自分をかわいく思っているはずです。 自分を最優先に考えてしまうのは、当然のことかもしれません。 でも、少しだけでいいから他人のことも考えてみませんか? 「情けは人の為ならず」 他人を思いやる気持ちは、いつか自分に返ってきます。 話を聞いて、一方通行の会話にならないように 「よく見聞きし分かり、そして忘れず」 話を聞けない人って多いですよね。 話の途中で違う話をしたり、自分の話ばかりしたり、、、 こういう人とは一緒にいても楽しくないですよね。 大切なのは自分がこんな人間にならないように意識することです。 相手が不快に思うような人間にならないように意識することです。 忘れないことも大切ですね。 「人の話はちゃんと聞くし、忘れない」 そんな人間になれたら、きっと信頼され、大切にされることでしょう。 ナチュラルな生活が大切 「野原の松の林の蔭の小さな茅ぶきの小屋にいて」 この文も贅沢は必要無いということを表していますね。 最低限の衣食住ができていれば、幸せに生きていけるんです。 また、この文には自然に関する言葉が使われていますね。 自然と共に過ごせば、穏やかな生活ができそうですよね。 他人を思いやる気持ち 「東に病気の子供あれば、行って看病してやり」 「西に疲れた母あれば、行ってその稲の荷を負い」 「南に死にそうな人あれば、行って怖がらなくても良いと言い」 「北にケンカや訴訟があれば、つまらないからやめろと言い」 この文に何度感動したことでしょう。 思いやりの気持ちがあふれている文ですね。 現代人って、他人に対する思いやりが無くなってきていますよね。 「他人事」「対岸の火事」など、自分には関係ないっていう思いが強くなっていそうです。 重い荷物を持っている人に声をかける、ケンカはつまらないからやめさせる、死にそうな人には「怖くないんだよ」と言う。 こんな人間になりたいですね。 環境に対しても無関係ではいたくない 「日照りの時は涙を流し、寒さに夏はオロオロ歩き」 農家にとって天候は生きるか死ぬかを左右します。 しかし、農家でなくても環境問題とは無関係ではいられませんよね。 温暖化はどんどん進んでいます。 無関係とは思わずに、目を背けずに向き合っていきたいですね。 日取りとは日当のことだそうで「日雇い労働の時期のことを表しているのでは?」とのことです。 次の文の「寒さの夏」という文と繋がっていないため、「日照り」と読む方が一般的です。 他人の目は気にしない 「皆にでくの坊と呼ばれ、褒められもせず、苦にもされず」 でくの坊とは使えない人間のことです。 しかし、そんな風に言われていても、苦にはされていないのです。 しんみりしますね。 他人の目は気にせずに、大切な人に思われていればそれで良くないですか? こんな考えに至るのはものすごく難しいと思います。 きれいごとを言っても、他人の目は気になりますからね。 大切なのは、自分をしっかり持つということではないでしょうか? 自分の信念は曲げずに、他人に迷惑さえかけなければそれで良いんです。


もしかしたら、今も小学生の時とあまり変わっていないのかもしれませんが。

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賢治が今日国民作家と呼ばれるようになる所以は、多くこの作品のうちに懐胎しているといってよい。

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もともと仏教に深い関心を持っていた賢治ですが、浄土真宗と日蓮系法華信仰は相容れない部分があるので、家族とも信仰面で軋轢があったようです。

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生まれ育った家でありながら、そこに「雨ニモマケズ」の額があったことに初めて気付いたのです。

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たぶんその頃だったと思います。

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きれいごとを言っても、他人の目は気になりますからね。

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それぞれの内容は同年刊行された両者の単行本(谷川は『宮沢賢治の世界』(法政大学出版局)、中村は1955年版の増補改訂となる『定本・宮沢賢治』(七曜社))にも収録された。

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