立浪 和義 - 立浪和義が結婚した妻&子供について。離婚の噂とは?自宅は名東区?

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立浪 和義 - 球界から「コーチ待望論」上がるOBたち 立浪和義、中村紀洋...監督経験者も: J

CBCテレビ野球中継「燃えよドラゴンズ」燃えドラch 川上・井端のすべらない話シリーズ 立浪和義編 ドラゴンズ黄金時代を支えた投打の両輪でもあり、97年ドラフト同期でもある川上憲伸、井端弘和が、グラブからマイクに代え、イバケンコンビを結成!燃えドラchというフィールドで球界裏話や同僚、ライバル話を大放出! 大好評の川上・井端のすべらない話シリーズ、今回のテーマは『伝説 立浪和義』。 イバケンコンビにとっては偉大なる大先輩であり、大変お世話になった恩人。 ミスタードラゴンズ立浪和義の凄さ&エピソードを語る! 入団3年間会話なし!気づけば一番のお気に入り ドラゴンズ黄金期、サード、ショートとして共に活躍していた立浪さんと井端さん。 何も言わなくても、目を見ただけで分かりあえる、そんな師弟関係で結ばれていたように思える二人だが、井端さんの入団当時はまったく会話すらなかったようだ。 井端『実はね、同じ内野手で相手にされてなかったと思うんだけど、入団して3年間立浪さんとしゃべった事がなかったんだよね』 川上『結構多いと思うよ、そういう人』 井端『一軍にいてもしゃべってくれなかった。 憲伸とかは入団した時からしゃべっていたでしょ?』 川上『オレは一年目のオフに初めて立浪さんの家に招待してもらった。 食事も連れて行ってもらって、それもすごく高級な天ぷら屋さんとかね。 その合間にゴルフの打ちっぱなしも連れて行ってもらったり。 とにかく一年目の思い出は凄くあるね!』 井端『うらやましかったね。 荒木や福留とかはしゃべっているのに、オレだけしゃべった事がなかった』 とは言いつつも、気がつけば立浪さん一番の相棒になっていた井端さん。 川上『イバは立浪さんのマネージャーだったでしょ?運転手もしていたし(笑)』 井端『オレ独身だったじゃない?立浪さんの家族も海外へ行っていたし。 その時期はほぼ毎日食事行っていたね』 川上『ゴルフもよく行っていたね』 井端『うん、週5は行ってた』 川上『立浪さんは週7か8ぐらい(笑)』 川上『(ふたりを見ていて)ホントに息が合っていたなぁ。 たぶんね、立浪さんも本音はあまり語らないタイプだと思うんだけど、イバだけには語っていたなぁ』 二人にしか分からない相通じるものがあったのでしょうな。 うらやまし気な、憲伸さん。 毎日豪華食事のオンパレード 遠征先でもほぼ毎日食事に連れて行ってもらっていた井端さん。 立浪さんに連れて行ってもらったおかげでプロらしい身体つきになっていったとか。 井端『年々オレの身体はいいカラダになっていったよね』 川上『食事がすごいもん!』 井端『体重は変わらないけど、グングンと厚みが出てきた。 高級食材のおかげ!(笑)』 川上『フォアグラのふりかけみたいなものをごはんにかけたりね』 立浪さんの食事の特徴は、多くの種類を注文すること。 大げさでなく、店にあるもの全種類頼んでしまうこともあったとか。 井端『憲伸も立浪さんと一緒に行ったことあると思うけど、立浪さんも食べるじゃん。 いろんな種類を食べるのよ。 店にあるもの全種類ぐらい食べて、それを一口だけしか食べないの』 川上『量は多く食べないんだよね』 井端『ステーキ食べた後にハンバーグやとんかつも頼んだりしてね。 それも一口だけ食べて、あとは全部オレが食べる。 だから身体がでかくなるよね』 太らない体質で良かったね!井端さん(笑) 川上『意外と洋食好きじゃん、立浪さんって。 こんな店に来るんだっていうのも印象に残っていて、そこがまた美味い。 相当なグルメだと思う』 シーズンが始まり、遠征先に行けば、当然のごとく立浪さんのいきつけは各地に存在した。 井端『どこどこに行ったらココという店があったよね。 広島に行ったら、もつ持つ鍋さん屋とか。 言うだけだったというか』 川上『ドラゴンズの中で立浪さんは群を抜けていたよね。 兄貴分っていうか、すべての面においてそうだった』 さりげなく支払も済ませちゃうのでしょうね。 まさに兄貴分の立浪さん!素敵すぎます。 超一流選手は仙豆だって持っている!? 川上『立浪さんはすごいけど、オレが一番驚いたのは沖縄キャンプの時、たまにVIPルームのような大きな部屋へ呼ばれて。 立浪さんって常にVIPルームだったよね、遠征中も含めて』 井端『ほかの人とは違う部屋だったね』 キャンプ中はまさに野球漬けの日々。 レギュラークラスの選手ともなれば、宿舎に戻ったら野球を忘れたいと思うのは当たり前。 川上さん曰く、立浪さんの部屋はなんとびっくりするほど野球用品がまったくなかったとか。 あるのはパター、アプローチ、ゴルフのボール5球ぐらい(笑)。 ゴルフセットが立っていて、ゴルフウェアが吊るしてあったりと、まるでゴルフショップのようだったとか。 井端『立浪さんといえば栄養補助食品だね。 ビタミンとか、青汁とか。 身体には気を使っていたよね』 川上『うん、ごっつい気を使っていた。 これ飲んでおいたら間違いない!からって』 井端『途中から小児用薬がドーピングに引っかかるとか言ってたね』 川上『あとね、金色の袋に入っていた玉!あれなんなの!すごかったよね!あれたった一回日本シリーズの時だけ頂いた記憶があるんだけど。 もうドラゴンボールに出てくる仙豆のような感じみたいな!あれは効果あるんだなぁと思った』 金色の袋に入っていた玉!? なにっ!仙豆だって!? さすがは立浪さん!超一流はなんでも持っている! 最高のキャプテン 川上さんが野球に目覚めたのも、そもそも立浪さんの活躍をテレビで見たからだとか。 甲子園で優勝旗を持って行進する立浪キャプテンに憧れ、サッカーボールを蹴るのをやめ、野球のボールを手にした。 川上『ボクね、野球始めたのはそもそも立浪さんの影響なの。 小学校6年生かな。 そこから野球に熱中し始めた。 あればっかり歌ってた!』 井端『分かるよ。 甲子園と高校サッカーは特別』 川上『立浪さんはピッチャーからすると、キャプテンのイメージ。 ピッチャーがあたふたしている時に必ず来るじゃん。 そのタイミングとか…もうバッチグーなの!』 話は2002年8月1日、東京ドームで達成したノーヒットノーラン時まで遡る。 お相手の井端さんは4回ぐらいからプレッシャーを与えるかの如くマウンドへ行き、声を掛け続けていたが、立浪さんは9回2アウトになって、初めて川上さんのもとへ来たという。 その時にちょっと冷静になったことを覚えてる。 まさに周りが見えた感じ。 その動きって大切なんだよね、やっぱり。


立浪さんは右投げ左打ち。

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3年契約2年目で少なくともあと2年はチームを任される与田監督にとっても、ミスタードラゴンズを中心としたOBのバックアップ体制が固まればいろいろと動きやすくなるのは間違いない。

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OB立浪和義氏の〝現場関与〟がお家騒動になりかねない中日ドラゴンズ (C)週刊実話Web 8年ぶりのAクラス入りを果たした中日ドラゴンズで、OBの立浪和義氏がついに〝現場関与〟に乗り出す。

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同じ宿舎でともに過ごす予定で、グラウンド外でも話を聞ける機会がありそうだ。

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977 - 1991 - - - 131 192 377 14 76. 同じ高橋こそ完全に独り立ちした感はあるが、全試合出場した京田は、規定打席に到達した選手で下から3番目の打率2割4分7厘と伸び悩んでいる。

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このことや南海が地元である大阪府・を本拠地としていたこともあり、この頃から立浪は南海入りを強く望むようになっていた。

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